和気清麻呂

和気清麻呂

(わけの-きよまろ)

奈良時代末期~平安初期にかけて活躍した豪族。733-799。


宇佐八幡宮神託事件」では、皇位につこうとした道鏡の野望を、姉の広虫(ひろむし)と共に阻止。これに対し、道鏡と、道鏡を寵愛していた称徳天皇は、清麻呂らを大隅(鹿児島県)へ左遷。さらには名を「別部穢麻呂(わけべの-きたなまろ)」と改めさせるなど、大いに怒った。(『日本後紀』には、道鏡が清麻呂殺害を命じたとの記述もある)


770年、称徳天皇の崩御後、新たに光仁天皇が擁立されると、道鏡は失脚し、清麻呂らは再び朝廷へ召還される。

その後は光仁天皇・桓武天皇?らからの信任を得、平安京遷都を提言するなど、尽力した。

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