平城京

平城京

奈良時代?の都。

元明天皇が遷都し、その後奈良時代の終わりまで中心的存在となっていた。

現・奈良県奈良市

現在は平城京内にあった中心部「平城宮」が平城宮跡?として残されている。


平城京の規模は、右京・左京合わせて東西4.3km、南北5.3km。

更に、左京の東側に外京と呼ばれる突出地域もあり、他の都の整然たる方形に比べて特異な形をしている。

京内には興福寺、元興寺?、大安寺?、西大寺?、法華寺?、唐招提寺?、薬師寺?などの有名寺院が存在していた。

また、時の権力者であった長屋王?藤原仲麻呂の邸宅跡も見つかっている。

奈良時代?はこの地域に10万人が住んでいたとされている。


2007年、平城京は「南北九条」から「南北十条」へ

平城京は530m区画を「一条」として大路で区切られており、南北「九条」まであると考えられていた。(530m×9=約4.8km)

しかし2005年平城京南端と考えられていた「九条大路」の南約530mで大型の道路遺構を確認。「十条大路」の遺構の可能性が指摘され始める。

そして2007年6月、この出土遺構が「十条大路」であるという正式発表がなされた。

これにより、平城京の南北規模は、従来の4.8kmに530mを加えた5.3kmに訂正された。

(記事: 定説覆す、平城京「九条大路」の南に「十条大路」の遺構 (07.6.13 / YOMIURI ONLINE))



続日本紀』に見る平城京

続日本紀に書かれている元明天皇平城京遷都の詔には、平城京の地が「四禽(しきん)、図(と)に叶い、三山(さんざん)鎮(しずめ)を作(な)し、亀筮(きぜい)ならび従う」の場所であると書かれている。

「四禽」

「四禽」とは四神?、つまり青龍白虎朱雀玄武のこと。

風水的な観点から、川(清流)に棲むとされる青龍が東を、大きな道に棲むとされる白虎が西を、沼地に棲むとされる朱雀が南を、山に棲むとされる玄武が北を守っていると考えられていた。

平城京は、白虎のいる西側には難波へと続く大きな道が、朱雀のいる南側には五徳池が、玄武のいる北側には平城(なら)山が、それぞれもとより存在しており、都を造るのに縁起のいい土地となったようだ。

(ちなみに青龍のいる東側には、人工的に河川を造ったという説がある)

「三山」

西側の春日山、北側の平城(なら)山、南側の矢田丘陵の3つを指す(諸説ある)。

これらの山々が都を取り囲むように鎮座していることから、ここでも縁起が良いと考えられたらしい。

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