玄昉

玄昉

(げんぼう)


奈良時代の法相宗の僧。?~746

716~735年、唐に留学。帰国後は皇族の病気平癒などから信任を受けて僧正となり、吉備真備と共に橘諸兄政権下で大きな力を持った。

大仏造営や国分寺創設など、護国仏教の確立にも努めたと言われている。


740年には藤原広嗣が、玄昉と吉備真備を政治の舞台から排除しようと挙兵するも、失敗(→藤原広嗣の乱)。玄昉の権限は以前強大だった。


しかしその後、橘諸兄が失脚。代わって台頭した藤原仲麻呂によって、玄昉は745年に筑紫へ左遷される。

翌746年に当地で死亡。藤原広嗣の祟りとも言われた。


関連キーワード

  • 海龍王寺 / 唐から帰国した玄昉が住んでいた寺
  • 頭塔? / 奈良市にある仏塔で、玄昉の首が埋められているという伝説がある。