藤原百川

藤原百川

(ふじわらの-ももかわ)


藤原四子の一・藤原宇合の子。娘は後に桓武天皇夫人。

藤原氏の勢力回復に尽力した。


称徳天皇没の770年、当時強大な勢力を持っていた道鏡を政界から排斥し、下野(しもつけ=現・栃木県河内郡)へ左遷。同年、道鏡政権下で左大臣となっていた藤原永手(従兄弟に当たる)と手を組み、光仁天皇(49)擁立を実現させた。

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